• 岩本貴志

「都会のオオタカ, 観察の記録」35、新天地を求めて

最終更新: 7月17日

「都会に進出した猛禽、オオタカの物語」


川辺で兄弟揃ってのミーティング

このブログでは、2017年7月から2018年12月までの間、管理人の目の前で繰り広げられた野生のドラマ、オオタカの生き様を紹介しています。


管理人の妄想を込めてお届けします。


十分に成長した3羽の幼鳥たち。


最近は、日帰りで遠出をし、外の世界も少しずつ分かってきた。

少しずつ、飛んでいく距離を増やしているようだ。


この森の外には、僕たちに想像も出来ないような、大きな大きな世界が広がっている。

最近、「この森に居座り続ける意味が無いんじゃないか?」と感じてきたのもこの頃だ。



お父さんオオタカが殆ど獲物を持って戻ってきてくれなくなったいま、川辺で兄弟揃って何か相談事をしているようだ。



「この場所を出て、どこか新天地を探してみないか!」「んー!?」



最近、オオタカの森にカラスが増えてきた。


どうも3兄弟、お腹がすいただけではなく、ちょっかいを出してくるカラスが、うるさくてしょうがないのも理由らしい。



カラスは少しずつ数を増し、オオタカを圧倒してきた。


どうやら、この森を奪い返しに来ているようだ。


オオタカの森は、半分はカラスに占領されたといってもいいほどに、カラスが優位になってきている。


お父さんは、しばらく偵察にも帰ってきていないのかな?




木のてっぺんにはカラスが、肩身が狭くなってきたオオタカ



数を増してオオタカの森にやって来る用になったカラス君、連携してオオタカにかかってくるので、なかなかかなわない。



そんな状況下、3兄弟のミーティングで至った結論は。


「カラスを退治するのではなく、新たな場所を探すこと。」のようだ。


このどこまでも広がる大きな世界に、「どこかいい場所が必ずあるはずだ!」

「きっとお父さんも、お母さんもそこにいるはずだ!」



そんなふうに思ったか、この頃から泊まりがけで、どこか新天地を探しに出かけるようになった。


体は立派に育っていても、考える事はまだまだ未熟。



でも、全ての知識は自らのチャレンジによって得られた、経験によるもの。

僕たちのお父さんも、お母さんも同様に辿ってきた道。



そんな新天地を求めて、去年この森に辿り着いたお父さんとお母さんオオタカ。

今では新天地を切り開き、カラスの森を、オオタカの森に変えてくれたのだ。

そして僕ら3羽が生まれ、ここまで立派に育つ事が出来たのだ。




この頃から、3兄弟、泊りでの遠出が始まった。


それでも、なかなかいい場所が見つからないのか、しばしばオオタカの森に戻ってくる。

やっぱり、生まれ育った場所がいちばん落ち着くのだろう。


カラスは、いつもこの場所にいるわけではない。



オオタカの姿があまり見られなくなり、寂しくなった森



オオタカが森を出払うと、森周辺は静寂の空間となり、非常に寂しくなってしまう。


小鳥たちや、ハトたちもこの森には危険が潜んでいる事を十分承知しているであまり近づかない。


そんな森の中で繁殖を試みる、つわものハトもいたが、そんなやからは少数派。


どの世界も変わり者がいるもので、そんな変わり者が新天地を切り開くのもまた事実。



しばらくぶりに子供達への差し入れに、戻ってきたお父さん



そんな、オオタカ3兄弟が出払っているある朝、オオタカのお父さんが帰ってきた。


しばらくぶりに、お腹を空かせているだろう子供達へ、差し入れにやってきたようだ。


でも、オオタカの森に子供達の姿は見当たらない。


お父さんオオタカ、「子供達は立派に成長し、この場所から新天地を探しに、出て行ったんだなー」と思ったようだ。


本来は子供達のために持ってきた獲物、自ら頬張りたいらげた。



このオスはきっと来年も、パートナーと共にこのオオタカの森で繁殖するはずだ。


戻ってきたのも、その森の偵察もかねているのだろう。


カラスの姿が見られないのは、オオタカのお父さんが、来年の繁殖のために時々偵察しているからかもしれない。



一つの繁殖を終えたと同時に、既に次の繁殖の準備が始まっているのだ。


一見優雅に、自由気ままに生きているように思われる野鳥たち。

野鳥に限らず全ての野生動物にいえること。


それは、「生きる」という事。

「生きる」という事は命をつなげて行く事。

この先100年、1,000年、10,000年とさらにずっと遠い未来。


全ての生命がいま、こうやって生きているのも。

ずっとずっと遠くの昔から、つながってきたから。

地球上に生きている、全ての生命が途切れる事無く今に至っている。


目の前で繰り広げられた、オオタカの物語も、こんな命の一場面だ。



オオタカが育った巣の下には、失われた命の残骸が



オオタカがここまで成長するまでにどれだけの命が奪われた事だろう。


肉食獣が生きていくためには、多くの命が必要だ。


生きていた鳥、動物更には昆虫たちが、犠牲となりながら。


でも、この奪われた命も、ただ奪われただけではない。

より敏捷で、生きる力の強いものが優先的に生き残るという、ふるいにかけてくれる力がある。


それは、その種がより強いものになっていくという、


そういった、犠牲となる命がいなくては生きていけない肉食獣。



森の木漏れ日が、命の残骸を照らし出す



オオタカの、体の素となった命の残骸もやがて土となり、新たな命の素となっていく。



管理人が見ていたのも、そんな、野生の生命のドラマだったのだ。



つづく

2018年8月4日から15日までの間の出来事

最後までお読みいただきありがとうございました。



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